このブログについて

Lingua to Logic—自分の人生を自分でつくるためのブログ

当ブログをご覧くださり、ありがとうございます。

このページでは、筆者の自己紹介やブログを始めた経緯などを紹介しています。

目次

自己紹介

はじめまして、Hatsumiです。

語学を学んでいた学生時代を経て、現在はWeb開発をしています。

プロフィール

以下に、簡単なプロフィールをまとめます。

名前:Hatsumi

今やっていること:Web開発、ブログ、YouTube

これまで:語学、音楽、哲学

得意なこと:論理的に考えること

興味のあること:自己研鑽、セルフケア、人間観察、語学、音楽、哲学、コーヒー、お茶

ブログ

自分の人生を自分でつくるための考え方や判断の過程、具体的な実践方法を記事に綴っています。

文章で読みたい方は、よかったら覗いてみてください👀

あわせて読みたい
【省エネ人間の習慣化】体力がない人でも続くタスクの作り方 体力がなかったり、熱量のあるタイプではなかったりする方に向けて、無理なく続くタスクの作り方をまとめています。

YouTube

自分の人生を自分でつくるための考え方や判断の過程、具体的な実践方法をYouTubeで発信しています。

動画で見たい方や音声で聞きたい方は、よかったらご覧ください🎞️

このブログを始めた経緯

このブログは、自分の人生を自分でつくるための方法を発信するために始めました。

自分に合わない環境や、思い通りにならない状況に直面したとき、何ができるのか。

今の自分を出発点として、ひとつずつ進むためのヒントをお届けします。

自分では選べないものに苦しむことがある

生きていると、理不尽なことがたくさんあります。

家庭、学校、職場などの環境。
体質、体格、性格などの自分自身。
家族、友人、同僚などとの関係性。

自分で選んだわけでなくとも、不利な立場に置かれることがあります。

私もこれまで、理不尽に苦しんできました。

外見や声などの身体的特徴から、弱そうに見られ、軽く扱われることがよくありました。

反対に、話し方や雰囲気からは強そうに見られ、悩みを打ち明けても向き合ってもらえない状況が続きました。

家庭では、子どもだからという理由で、私の意思を無視して都合よく扱われることがありました。

学校や職場では、助けを求めても、面白い物語として消費されたり、見下されたりすることがありました。

周囲の価値観と、自分が求める生き方との間には、大きな隔たりがありました。

自分の望む生き方を実現するため、インターネットで情報を探しました。
しかし、参考になる情報は見つかりませんでした。

目に入るのは、物事の是非を問うたり、一方的に決めつけたりするようなコンテンツばかりでした。

私が知りたかったのは、誰が正しいのかという答えではありませんでした。

今の自分には何ができるのか。次に何をすればいいのか。

具体的な行動を考えるためのヒントが得られず、疑問だけが残りました。

理不尽な状況で知りたかったのは、次の行動を考えるためのヒントだった

途方に暮れていたとき、個人のブログに出会いました。

一人一人の体験や試行錯誤が綴られており、同じ問題にも、さまざまな向き合い方があることを知りました。

辛いときには、「同じような状況の中で、模索している人がいる」と知れたことが、前を向く力になりました。

この経験から、私も自分の体験や試行錯誤を発信しようと思いました。

辛いとき、うまくいかないとき、周囲の感情やペースに飲み込まれそうなとき。

苦しい状況の中で、今の自分には何ができるのか。

人生のつくり方を模索する一人として、私が試してきた考え方や行動を共有します。

思考や判断、実践手順など、結果に至るまでの過程に重きを置いて綴ります。

読者の方が自分の状況について考えるとき、一つの材料となれば幸いです。

このブログのスタンス・考え方

このブログは、「自分の軸を大切にすること」と「自分に合わせて行動と環境をつくること」を大切にしています。

反対に、思考停止で周囲に同調することや、ネガティブな感情に囚われ続けることを好みません。

記事本編は、一般的な成功法則が合わず、自分なりの方法を模索している方に向けた内容です。

たとえば、以下のような考えを持つ方を想定しています。

💭 自分を無理に変えるのではなく、今の自分にできることを考えたい。

💭 自分の人生を自分でつくりたい。そのための考え方や実践方法を知りたい。

💭 感情に振り回されたくないけど、蔑ろにもしたくない。

💭 体質や育った環境などに制約があっても、自分のペースで進みたい。

このブログの背景にある体験

このブログの背景にある、私自身の体験と、そこから得た気づきを紹介します。

人は、内面を見てくれるとはかぎらない

人は、内面を見てくれるとはかぎらない

私は幼少期から高校時代まで、閉鎖的な環境で過ごしました。

物事を突き詰めるのが好きな性格でしたが、競争や周囲からの賞賛にはあまり興味がありませんでした。

青春時代、勉強で成果を出すようになると、周囲から期待をかけられました。私の意思とは関係なく、偏差値の高い学校への進学を求められたり、意図しない人物像を与えられたりすることがありました。

はじめは期待に応えようと努力していましたが、努力するほど、心は空虚になりました。

成果を出せば周囲は喜びましたが、私の気持ちは複雑でした。

周囲が見ているのは、私自身ではなく、私が生み出した成果なのではないかと感じられたためです。

家族にとっては、子育てがうまくいったことを確認する材料になるのかもしれません。

先生にとっては、自分の指導力を証明する実績になるのかもしれません。

あるとき、限界が来たのか、体調を崩してしまいました。

すると、周囲の態度は一変しました。

家族は休息を認めず、同世代の子と同じように振る舞うことを求めてきました。

先生は必要以上に声をかけ、私自身の性格に問題があるかのように扱いました。

友人は私から距離を取るようになりました。

「大丈夫?」「実は心配してた」「関わらないほうがいいのかなと思って」

心配する言葉はあっても、実際の行動は伴いませんでした。

信じていたものが根底から崩れるように感じ、悲しい気持ちになりました。

この体験を経て、親しい間柄であっても、内面を理解しようとしてくれるとはかぎらないと考えるようになりました。

また、自分の軸を決め、それに沿って行動することが大切だと思い始めました。

社会的な評価と個人の幸せは別物

社会的な評価と個人の幸せは別物

私はこれまで、田舎や都会、国内から海外まで、さまざまな環境で暮らしてきました。

学生生活や仕事では、語学、哲学、Web開発など、多様な分野に身を置いてきました。

環境を渡り歩く中で、社会的評価の高い人たちにも出会いました。

彼らを見ていると、社会的な評価と個人の幸せは別物のように感じられました。

仕事そのものを楽しんだり、日々の暮らしを大切にしたりしている人は、自分自身に満足しているように見えました。

知識を共有することを楽しみ、日々の小さな出来事にも幸せを感じているような雰囲気がありました。

反対に、評価や承認に執着している人は、成果を出していても、自分自身に満足していないように見えました。

他人を下げる発言をしたり、常に誰かと比較したりすることもありました。

こうした人々を見て、社会的な評価だけを基準にするのではなく、自分の軸に沿って生きることが大切だと考えるようになりました。

自分の軸を決め、自分に合わせて行動と環境をつくる

自分の軸を大切にしながら、自分に合わせて行動と環境をつくる

私は昔から、周囲の価値観と自分が求めるものとの間に、ギャップを感じてきました。

居心地の悪さを感じると、環境を変えることで現状を変えようとしました。

新しい環境に移ると、窮屈さは和らぎました。けれども、そこには別の息苦しさがありました。

どこにいても、違和感を覚える場面には共通点がありました。

年齢、性別、人種、立場、能力などの社会的な分類から、個人の内面を決めつけられる場面です。

目に見える特徴だけをもとに、確かめてもいないことまで判断する態度が不快だったのだと思います。

一方で、目の前の相手を変えることはできません。

だからこそ、自分の軸を大切にしながら、自分に合わせて行動と環境をつくることが重要だと考えるようになりました。

このブログで扱うこと

このブログでは、主に以下のテーマを扱います。

① 自分自身に関すること:自己研鑽、セルフケア

② 関係性に関すること:人間関係、距離感、役割

③ 環境に関すること:働き方、学び方、空間づくり

自分の人生を自分でつくるために、何ができるのか。

今の自分を出発点に、次の行動を考えるためのヒントをお届けします。

目次